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リチャード H モリタブログ

2007.08.08  2007年8月8日

※このブログは、週1回、毎週水曜日に更新しています。

【今週のことば】
「外界は自分の心の鏡である」
オリソン・マーデン

2007年8月8日
成功哲学や自己啓発書の中核にあるのは「鏡の法則」や「原因と結果の法則」だということはよくご存知のことと思いますが、あらためて「その通りだな」と再認させられます。今回は、100年前に書かれたマーデンの「成功論」の中から、この法則について書かれた文章を、最新刊の『3賢者の成功哲学』から抜粋掲載してみたいと思います。

「こんな話しがある。ある貧乏な少年が、山の頂にある万年雨ざらしになった小屋に住んでいた。少年は毎夕戸口に立って谷を眺め、谷の向こうに見える夕日に輝いている美しい窓のある家を魅せられたようにいつも見入っていた。時が経つにつれ、少年は自分が住んでいる小屋をみすぼらしく思うようになり、自分を不幸に思うようになった。少年はさんざん悩んだあげく、深いため息をついて、「僕の家は本当に貧乏だ。もし谷の向こうにある金色の窓のある家に住めたら、どんなに幸福だろう」とひとり言を言った。
そんなある日の夕暮れ、金色の窓はこれまでにないほど眩しく輝いて、「こっちにおいで」と、自分を招いているように見えた。少年はこの瞬間、あの美しい家を訪ねてみようと決心し、翌日の明け方に出発した。道は朝霧がたちこめ、日中は蒸し暑く、少年はへとへとになって足を引きずりながら前進した。谷の向こうに到着した時はすでに夕方になっていた。自分の小屋からいつも眺めていたあの美しい家はどうであったか。少年は輝く家を目の当たりにして愕然とした。そこにあったのは、屋根の落ちた納屋、見る影もない窓であった。それは決して金色ではなく、普通のガラスで、しかも所々割れていて、塵と埃で汚れていたのである。この時少年は、体は疲れ果て、喉は渇き、一歩も動けない状態でいた。少年は納屋に入り仰向けに横たわって涙にむせんだ。しばらくして半身を起こし頭を上げて涙ながらに谷の向こうを見ると、そこにはキラキラと光っているものが見えた。それはまぎれもない、山の頂に建っている自分の家であった。その窓は夕日に照らされ、燃える黄金に輝いていた。

 多くの人はこの少年と同じ思考に囚われている。私たちを手招きするのは常に遠くに見える家である。「不満に思う自分の家」は今現在を指し、「遠くに見える美しい家」は遠い場所、長い時間を指す。人生の美と栄光とは、私たちの不満と羨望の魔の手に囚われている間は、いつも遠く隔たりのある場所(時間)にあるものだ。私たちは、いつか時間が経過すれば美しい家に入ることが可能になると考える。しかし、その羨望の思いを抱く時、今現在、今月今日の自分の居場所を度外視して、軽く見る傾向が強い。将来において、いつかお金、またはお金によって得られる物によって幸福を手に入れることができると考えている。
しかしながら人間は、遥か遠くから手招きする蜃気楼のような漠然とした物を把握できるものではない。大抵の人は、歳を経て、いついつこれくらいの歳になれば心配も苦労もなくなり、自分の野心を充たすことができるだろうと思っていても、さていよいよその歳になってみると、相変わらず月並みで、平凡この上なく、幸福は遥か前方の遠い所にあることを実感するのである。
外界は自分の心の鏡である。部屋にある鏡をふと覗けば、その鏡には自分の顔がそのまま映し出される。それと同じで、君が笑えば笑った顔が、顔をしかめればしかめっ面が映し出される。幸福は自分の心の反映であり、見方、考え方一つでいろんな色にもなればいろんな形にもなるのだ」(マーデンの「成功論」より)


リチャード・H・モリタ拝


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投稿者 (株)イーハトーヴフロンティア (10:42) | PermaLink
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